○地球環境報告から20年
 今年は平成20年とういうことで、いよいよ平成生まれの人が成人になるなど、あらためて自分の過ごしてきた時代を懐かしんだ人も多かったのではないでしょうか。20年前というと、私は大学受験のための小論文対策ということもあって、石弘之『地球環境報告』岩波書店 を読んでいました。http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-430033-9
 いま読み返せば、あとがきに「‥ことを記してワープロの終了のキーを押したい。」と結んであるところに時代を感じます。
 この年は、パリのアルシュ・サミットの主要課題の一つとして地球環境問題が取り上げられ、また、「地球環境保全に関する東京会議」が開催されるなど、環境関連の国際会議が相次ぎ「地球環境元年」と呼ばれた年でした。
 
○「環境」の持つ意味・イメージ
 ここで少し話題をはずします。今年はオリンピックイヤーですが、最近のスポーツ選手は「楽しむ」「楽しみたい」という言葉をよく使います。個人的には、「楽しむ」の意味が深く考察されずイメージが一人歩きしていると感じます。多分、メジャーリーグの野茂英雄投手が「アメリカで通用するかとういうよりも、アメリカで野球を楽しみたい」と言ったのが最初だったと思いますが、その言葉尻だけをとらえ「さしあたって”楽しみたい”と答えとけば無難だろう」のような感覚で使われますよね(野茂投手はもっとかたい決意を秘めていたんだろうと思うのは私だけでしょうか?)。
 話を環境にもどしますと、この20年、地球温暖化に関連するCO2削減や廃棄物の3R政策など、化学的・生態学的な側面からの議論、刻々と変化する地表より上部の眼に見える範囲での諸現象に関する「言葉」はよくつかわれてきました。「水と緑の○○づくり事業」があったり、「公害」「災害」との言葉の意味の違いや対策にかかわる技術論などはあまり表に出てきませんでした。むしろ、健康・生命被害にかかわる”かわいそう”な部分に”かんきょうろん”ならぬ”かんじょうろん”にさえ聞こえることもありました。まるで、「楽しむ」かのように。
 最近では、環境偽装なんて言葉もあって、エコマークを避ける自治体も出てきたとか。

 偽装で「環境マーク」信頼崩れた?見合わせる自治体も
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080303-OYT1T00071.htm?from=navr

 この記事のなかで、安井至・東大名誉教授は「環境に配慮した製品とはどのようなものかという議論のないまま、イメージばかりが先行してきたことも環境偽装を生んだ一因だ」とコメントされています。

○循環と相互関係
 そもそも環境という言葉は簡単にひとことで言えないものです。地質分野で「環境」という言葉が古くから使われているのは「堆積環境」がありますが、これとて水の動き方や生物の生息などの相互作用・循環の関係を踏まえて、現場で議論を尽くしています。環境地質学という分野もありますが、幅広い分野の知識と技術を併せ持って成り立つものです。地盤の動きは人間のライフサイクルを超えて動き、かつ地下の諸現象は目に見えないし、季節の変化のような情緒を感じさせる生物も少ないから”かんじょうろん”が成り立ちにくく、世間一般の関心が低くなりがちです。
 しかし、地盤にも大なり小なり、また、遅かれ早かれ変化の軌跡が蓄積され、そしてこれからも変化していきます。その場の条件に応じて、動植物の生態系も連鎖して変ってゆくのです(たとえば、コラム:丹沢の鹿)。生活の場の条件をよく理解した上で、私たちの生活にとって”ベター”な選択肢をさがすことが重要となってきます。


下河 敏彦

参考資料 B.W.ピプキン・D.D.トレント『環境と地質』

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地球環境問題20年