地球が寒かった時代「J.A.エディ著/1984年」日経サイエンス社
下河 敏彦
○寒くなってきました
このところめっきり寒くなり、ほんの1月前まで「ゲリラ豪雨」だのなんだのと騒いでいたのがウソのようです。だからという訳ではありませんが、最近太陽活動の低下が話題になっています。米航空宇宙局(NASA)は9月23日、太陽風(太陽から放出される電子と陽子の風)が、ここ50年間で最も弱いレベルに低下したと発表しました。このまま太陽活動の低下が続けば、地球は寒くなるほうに向かっていくということです。
○「日本史」「世界史」では習わないこと
太陽活動に話を戻し、地球規模の気候変動を考えて見ましょう。江戸時代に大飢饉(享保、天明・天保)に伴い農民一揆が相次いだこと覚えている人も多いでしょう。しかし、日本史の時間では、飢饉の背景としての小氷期は解説されなかったのではないでしょうか。また、奈良時代から平安時代、中国では唐が安定していた時期、世界的な温暖期があったことも解説されません。決して今だけが温暖なのではなくて、地球は太陽の活動に呼応して、温暖な時期と寒冷な時期を繰り返しているのです。
大局的な温暖化のサイクルの最中に化石燃料を大量に使用した時期が重なってしまったわけですが、もし化石燃料を大量に使わなかったら気温は上昇しなかったのか、説得力のある検証がされないままに、温暖化のイメージだけがひとり歩きして(特にマスコミにおいて)語られています。
○夕立
ところが先にも述べたように、ほんの1ヶ月前、夕立で(ゲリラ豪雨という言葉に物騒だし、マスコミは根拠のある使い方をしていません)洪水や土砂災害のショッキングな映像が流され、それを地球温暖化の影響と短絡した報道が相次いでいました。また、「記録的」という言葉も良く使われましたが、その「記録」は通常アメダスの値ですが、このアメダスは30年も記録があれば長い方です。よくインタビューで、「長年生きているけどこんな雨は初めて」という言葉もよく聞きます。それはそうです。人間はつらい記憶は忘れやすいようになっていることは証明されていますし、情報の洪水にも圧倒され流されているのではないでしょうか。
例えば、今年愛知県岡崎市で1時間147oの雨が降りました。確かにびっくりしましたが、きわめて局地的であること、そして降雨量や強い雨の降った範囲の広さは、2000年8月の東海豪雨に及ぶものではありませんでした。数字は圧倒的な説得力を持って記録にも記憶にも残るので、過去の災害の記憶が上書き保存されてしまうと、防災・減災のための知恵や経験値が薄くなってしまうことを意味します。
○チキュウの未来
それでなくても思いやり、想像力の欠如からくる事件、不祥事が相次いでいる昨今です。自然は場所によっても時代によっても、人の付き合い方によっても違った表情を見せるものです。議定書やマニュアル、過去の経験を軽んじた情報を頼ることは、「知求慣例化」をもたらし、いざというときの対応力、洞察力の弱化につながります。丸暗記だけではなくて、洋の東西を問わず、文明や国家の栄枯盛衰は気候変動と極めて密接にかかわっていることを示し、歴史と自然科学と相互理解を深めるような報道や教育環境の在り方を探っていかないと、地球の未来は暗いでしょう。